日震学とは、いわば地震学の太陽版です。
この手法を使って、太陽の表面での「揺れ(振動)」を観測することにより、
通常のぞくことのできない太陽の内部の構造を調べることができます。
「日震学」は太陽の表面の振動を観測することで、その内部構造を探る手法です。 太陽の表面は約5分の周期で振動してることが1960年代初めにLeightonらにより発見されました。 ちょうど打ち鳴らした太鼓の皮の表面を見ているかのようなその揺れは、 太陽の「固有振動」の重ねあわせで説明できることが後に明らかになりました。 固有振動とは、例えばその物体特有の「音」です。 弦楽器の弦を弾くと特定の音程で鳴りますが、これはその弦の固有振動です。 楽器に限らずコップなどでも、叩くとその材質・状態によって特有の音で鳴ります。 逆にその状態を変えると(たとえばコップに水を注いでみると)その音は変化します。 したがって、音の変化からものの状態・材質(内部構造)を知ることもできるはずです。 (たとえば西瓜を叩いてその音から良い西瓜を見分けるように…) 太鼓の場合はバチに叩かれることによって表面の振動が起きますが、 太陽の場合は、太陽自身の内部で起きている「対流」運動によって、叩かれ続けています。 このため太陽は低い音で唸り続けているので、音程はおよそ3mHzで、 時報などでも使われる基準音の「ラ」の音(440Hz)と比べると 17オクターブほども低く、たとえ空気中にあっても人間には聞こえないほど低い音にあたります。 この低い太陽の「唸り声」を特殊な方法で「聞き分ける」ことで、 太陽の内部の状態を推定する、それが日震学です。 右図:SOHO/MDIのデータから求められた、太陽の診断図。 太陽の固有振動は「固有モード」と呼ばれる多くの 振動パターンからなっていますが、そのモードの 波の細かさを表す指数の一つのl (水平方向の波長 λhの逆数に対応)と、 その固有モードの振動数の関係を表したのがこの図です。 振動のパワーが強い方から赤、黄、緑、青の順で表してあり、 パワーの強いモードが太陽の振動の中で卓越しているモードであることがいえます。 (SOHO/MDI 提供。SOHO はESA 及び NASA による国際共同プロジェクト) |
日震学の手法は、これまでに太陽の内部構造を次々に明らかにしてきました。 ここではそのほんの一部をご紹介します。
太陽はその中心部での核融合反応によってエネルギーを賄っています。 その生み出されたエネルギーは、 中心部に近いところでは放射の形で運ばれていますが(放射層)、 より外層から表面(光球)までの領域では対流によって運ばれ、そこは対流層と呼ばれています。 以前は対流の理論の不確かさのためにこの深さを正確に決定できていませんでしたが、 日震学的観測により、対流層の底が表面から太陽半径の約3割の 深さにあることが明らかになりました。 また、以前より太陽の表面に見られる黒点の動きから、太陽の自転は 緯度により回転角速度の異なる「差動回転(または微分回転)」をしている ことが知られていました。いわゆるボールのような剛体の球と違って 太陽の表面は、赤道に近いほど速く、極にちかいほど遅く回転しています。 日震学では、この差動回転が内部ではどうなっているのか、 その奥深くの自転の様子まで明らかにすることができました。 この自転角速度分布を見ると、 放射層では緯度に寄らずほぼ一定の角速度分布をしています。 一方で対流層では緯度によって異なる角速度分布をしているため、 対流層と放射層の境目(つまり対流層の底)では 速度の勾配が非常に大きくなります。 この部分は「タコクライン(tachocline)」と呼ばれ、 後述する太陽の磁場を生み出す「ダイナモ機構」に重要な役割を果たす場として、 現在もその詳細な構造の探査が試みられています。 左図:SOHO/MDIのデータから求められた、太陽内部の角速度分布。(太陽の断面の形で表示。) 回転速度の速い方から、白、赤、黄、緑、青で表している。 点線より内側が放射層、それより外側が対流層に対応する。 |
日震学は太陽ニュートリノ問題についても重要な成果を出しました。 太陽の中心で起きている核融合反応では、 電磁波(ガンマ線)とニュートリノと呼ばれる素粒子の形で エネルギーが放出されます。太陽の内部のプラズマと強く相互作用する電磁波と違って、 ニュートリノは物質との相互作用が極度に弱く、太陽内をほぼ素通りして直接表面に出てくるため、 太陽からのニュートリノの放出量が測れれば現在の核融合の状態を知ることができます。 物質との相互作用の弱いニュートリノの測定は非常に困難ですが、 1970年代から行われてきた複数の測定実験において、太陽ニュートリノの観測値は 太陽の内部構造の理論から予測される値とくらべて非常に小さいことが判明しました。 これが「太陽ニュートリノ問題」です。 これは、ニュートリノの理論の問題か、太陽の内部構造モデルの問題か、 ということが問題になりましたが、日震学の手法により、太陽の内部構造モデルには 大きな間違いがないことが示されました。ニュートリノの生まれる中心付近については 実はまだわかっていませんが、その他の領域ではこんなによく合っていることから、 素粒子物理学でのニュートリノに質量があるかないのか、 という問題の見直しにもつながりました。 ただし、日震学的に測られた太陽の固有モードと、 「標準モデル」の太陽の固有モードの間には依然として 0.5%以下ながら差が残っています。桁の評価も一般的な天文学としては 驚異的な精密測定といえますが、さらなる正確なモデル決定・太陽内部の理解に向けて 日震学の研究は日々進められているのです。 |
上図:MDIのドップラー速度データからのインバージョン結果と、 標準モデルについての音速の二乗の相対差の分布。 |
太陽の大気「コロナ」は100万度もの高温のプラズマから成っていて、 そこでは爆発現象「フレア」やプラズマ噴出現象「フィラメント噴出」など 様々な活動現象が起こっています。 この活動機構のエネルギー源が「磁場」であることは、これまでの研究により 明らかにされてきましたが、何がそのような爆発現象の「きっかけ」になるのか、と いった詳細についてはまだわかっていません。 また、フレアなど活動現象はたいてい黒点の近くで起きますが、この 黒点の数は11年を周期として増減があることが知られており、 それにともなって活動現象の頻度・程度も同じように変化していることが わかっています。この太陽の周期変動を何が決めているのか、それは現在もわかっていません。 右図:蝶形図 (butterfly diagram; 上)と黒点数の変動(下) 蝶形図は、黒点の出現した緯度を各年ごとに示したもので、 およそ11年周期で高緯度から赤道付近へと出現位置が変化していることがわかります。 黒点数の多い時期が太陽の活動が活発な「極大期」と言われる時期ですが、 この頃、黒点は比較的高緯度にあります。 活動が弱まる「極小期」までに黒点の出現位置は赤道に近づいていき、 極小期の頃に高緯度からの出現が始まってまた新たな周期の始まりを告げます。 |
太陽の磁場の起源は「対流層の底」にあるとされており、 そこから表面に浮上してくることで、 光球面(表面)で黒点として現れたり、その上空での 爆発現象のエネルギーを供給したりしている、と考えられています。 したがって、黒点やフレアなどのメカニズムを解明するためには、 浮上してくるまでのプロセス、また、磁場の起源「ダイナモ機構」の理解が 重要と思われます。 これを解決しうる唯一ともいえる、内部構造を探る手段手段が「日震学」なのです。 左図:磁力線(青)が太陽内部の自転や流れとの相互作用により
表面に黒点(AR)となって現れる様子を表した概念図。
ダイナモ機構の解明には太陽内部の流れと磁場の相互作用の理解が欠かせません。
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これまでのグローバルな日震学は、太陽の固有振動モードから太陽の大域的な 内部構造を探るのに大きな貢献をしてきました。 太陽の振動の発生源は、太陽表面下全体に広がる乱流的対流であるため、 全球的な構造を対象とした手法が主だったのです。 これと対照的に、地球の「地震」は特定の震源から伝わるものであるため、 地震学の研究においては、波の伝播時間と距離の関係(走時曲線) から地球の内部構造を推定する方法が主流でした。 1990年代になって、この地震学と同様の方法を太陽に適用する手法が開発され、 「局所的日震学」として発展を始めました。 右図:太陽内部を通る音波の経路の例。 太陽では内部ほど温度が高くて音速が大きいため、表面から内部へ進んでいった音波は 「屈折」して経路が曲がります。 |
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左図:太陽観測衛星「ひので」の可視光望遠鏡(SOT)の データから求めた、走時曲線 (time-distance diagram) 。 太陽の観測データからは 太陽の表面の異なる2点の振動シグナルの相関をとり、 相関が強い時間差をその二点間を波が伝播するのに要する時間として 導出します。 図の横軸は太陽面上での角度、縦軸は時間で、 赤・青の強い色の部分が正・負の相関の強い距離と時間の組を表しており、 これらのピークを辿ったものが走時曲線です。 | |
全球的な太陽の構造を明らかにしてきたグローバルな日震学とは対照的に、 この局所的日震学では、黒点のようなローカルな領域の 周囲の構造や流れの様子を描き出すことを得意とするので、 特定のフレアの直下の構造がどうなっているか、といった、 活動現象に直結するローカルな機構を明らかにできる可能性を持っており、 実際、黒点の下の構造探査が行われています。 表面で「冷たい」黒点の下には熱い部分があることや、 高速回転する黒点の下部構造を見ると逆回転している様子が見られた例など、 様々な成果が出ていますが、この研究はまだ始まったばかりであり、 詳細が明らかになるのはこれからです。 今後さらに手法の洗練を進めていくとともに 「ひので」衛星や2009年度打ち上げ予定のSDO搭載の観測装置HMIの データを活かして、我々の研究室でも 局所的日震学の研究を推進していきます。 |
上図:SOHO/MDI のデータから求められた、 黒点下の音速分布(赤:音速が大きい、青:音速が小さい) と流れ(矢印)。 (SOHO/MDI 提供。 SOHO はESA 及び NASA による国際共同プロジェクト) |
以下に参考となるような記事・本を挙げます。興味のある方はぜひ読んでみてください。