研究歴

●端緒
 大学院時代(1973〜78)、最初にとりかかったのは磁気流体力学の手法を用いた太陽の研究である。 学部時代(東京工大・物理)にはプラズマ・磁気流体の勉強はしたものの、天文の雑誌はApJしかないような環境だったので、あまり天文学を知らなくても磁気流体力学だけでできそうな(?)対象として太陽を選んだわけである。 まず内田豊氏と共同で、太陽黒点において観測される上下運動の振動数が約3分であることを、アルフヴェン波の定在波として説明した(1975)。 修士論文では、磁気チューブのキンク型不安定の数値計算を行い、磁気チューブのよじれ具合いによってプロミネンスの運動がどう変わるかを論じた(1976)。 3次元のMHDシミュレーションをまともに行うことは当時の計算機では無理だったので、有限要素法を用いて、粗いながらも幾何学的には3次元物体を扱えるような工夫をした。
 次に、太陽コロナの磁場平衡形状のよいモデルと考えられる、force-free磁場の数値解法について研究した。 磁力線の付け根を固定したまま磁気エネルギーを最小化するとforce-free磁場が得られるという変分原理に注目し、これをそのまま数値計算で実行して解を求め、磁力線の付け根の運動と磁気エネルギーの蓄積について考察した(博士論文、1978)。

●コロナ磁場のモデリング
 この少し前、アメリカのスカイラブ衛星によってコロナは磁気ループの集まりであることが明らかになったことも動機となって、コロナ磁場の現実的なモデルを作る仕事を始めた。 黒点をソレノイドコイルで置き換えると大ざっぱなコロナの磁場の様子が再現できることを内田豊氏と共に示した(1977)が、これは磁場の観測データが当時は簡単には手に入らなかったための苦肉の策といった面が強かった。 後に、磁場の観測データをじかに使えるような手法を開発し(1982)、ちょうど岡山天体物理観測所でマグネトグラフが動き始めた時だったので、観測データの処理の一環として磁力線の計算プログラムを観測所の計算機に移植した。 このプログラムは、コロナに電流が流れていないという仮定に基づくものである。人工衛星「ひのとり」の硬X線フレア像をもとに、フレアがどの様な磁場配置の中で起こるかも、このプログラムを用いて考察した(1983)。 さらに一歩進めて、force-free磁場を実際の観測データに基づいて求める試みも行った。 博士論文で展開した手法は観測データに適用するには不便であったので別の解法を考案し(1981)、試験的な計算もしたが、まだ中途半端な状態で留まっている。 これは一つには、もととなる磁場の観測値の信頼性にいろいろな問題があって、やみくもに計算しては危険であると思い始めたからでもある。 このころから、磁場の観測そのものにもかかわるようになった。

●コロナ加熱
 コロナの加熱機構については、波によるとする説(AC説)と、磁場の準定常的な歪の蓄積が磁力線再結合などによって解放されるとするDC説がある。 force-free磁場の研究の一環として、太陽表面の対流運動によってコロナの磁場に注入されるエネルギー量の見積りを行い(1981、R.Levineと共著)、エネルギーの供給は十分であることがわかった。 エネルギーの散逸については、磁力線の一本一本が異なったよじれ(magnetic helicity)を持っているような系は、エネルギー解放が起こると、magnetic helicityの総量を保存したままよじれを一様化する方向に向かうという、Taylor Relaxationの仮説を適用して、エネルギー解放能率を見積った(1985、P.Browning、E.Priestと共著)。 この方法ではエネルギー解放のミクロな過程はいわばブラックボックスとして扱うので、磁力線再結合の速さは未知定数として残される。
 波によるコロナ加熱については、アルフヴェン波の共鳴・位相混合についてそれまでになされていた解析に腑に落ちないところがあったので、自分なりの定式化と解釈を試みた(1984、A.Granikと共著)。 そして、コロナループがアルフヴェン波の位相混合をエネルギー源として加熱されているとしたとき期待される波の振幅を算出した。 これは幾何学的には平板モデルであった。 さらに軸対称形状も扱えるようにし、同じメカニズムを黒点の光球下の磁束管に適用して、太陽大気の音波の5分振動が黒点によって吸収されるという観測結果の一つの解釈を与えた(1991、M.Goossens、J.Hollwegと共著)。 この仕事はまた、円筒形状でのMHD波の共鳴問題の明確な定式化を与えたもので、その後Goossensグループによりいろいろな場合に拡張され、夥しい数の論文が出ている。
 観測的研究としては、乗鞍コロナ観測所の口径25cmコロナグラフにより、コロナ中の波動の検出とモード解析を行った(2002)。 検出された波動は音波と考えられるが、コロナ加熱には振幅が不足である。 アルフヴェン波は時間分解能が足りず確実には検出できていないが、この結果はこれまでのコロナグラフの分光観測では最高の空間、時間、波長分解能を達成したものである。

●太陽風・恒星風
 太陽風についてのParkerの解、磁場と太陽の自転を考慮したWeber and Davisの解はいずれも1次元モデル(独立変数がrだけ)である。 二次元軸対称のMHDモデルとしてPneuman and Koppのものがあるが、太陽の自転を考慮していないことと、解法が基本原理に欠ける(なぜそれで解けるのかがわからない)のが不満であった。 磁場を持ち回転する星からの軸対称・定常恒星風はいかに解くべきかを定式化し、赤道面近くでスパイラル状に巻き上げられる磁場の圧力のために、流れは回転軸に向かって束ねられることを示した(1985)。 同じ手法を、磁場が貫いている降着円盤に適用すると、内側ほど回転が速い(Kepler回転)ため、流れの回転軸方向への収束はさらに顕著になることがわかった(1987)。
 なお、これらの仕事は、中心天体からの磁力線はすべて開いた磁力線であり、中心天体へ戻る磁力線(閉じた磁力線)がないようなモデルを取っているという点では、Pneuman and Koppのモデルより特殊なものである。 閉じた磁力線まで含めたモデルについては、鷲見治一氏のMHDシミュレーションに協力(1993)して少し扱ってはみたものの、まだ原理的問題が残っていると思っている。

●磁場の観測
 1988年から5年計画で、「ようこう」衛星の地上支援を目的とした「太陽フレア望遠鏡」を建設した。 この装置の中心は、日本では製作経験のなかったビデオ・マグネトグラフであるが、その心臓部である複屈折干渉フィルターも中国・南京天文儀器廠の協力を得て完成し、1992年から定常運用に入っている。
 太陽フレア望遠鏡で明らかにしたいテーマを2つ設定していた。 一つは、フレアに伴う磁場の変化を検出すること、もう一つは、太陽フレアの原因と考えられる磁場の歪がどの様にして作られるか(光球のガスの運動によるのか、あるいは光球下ですでに歪んでいる磁場がそのまま浮上して来るのか)をはっきりさせることである。 前者については、「ようこう」のコロナ画像に見られるループのよじれの解消に対応して磁場の歪の減少が見いだされた(1992)が、なお多くのサンプルについて同様の解析を行って見る必要がある。 後者については、南京・紫金山天文台のLi Hui氏が学位論文として研究した。 解析した8つの活動領域のうち、磁場に十分歪みが貯まってからフレアを起こす例が3つ、大きな歪みが貯まる前に浮上磁場によりフレアが起こる例が5つと、ほぼ同数の割合であることがわかった。
 1990年から始まった太陽地球間エネルギープログラム(STEP計画、1997年まで)では、太陽全面の磁場・速度場分布を測定する観測装置を建設した。 磁場測定装置は「太陽フレア望遠鏡」と同じ複屈折干渉フィルターを用いたものである。 キットピークをしのぐ感度を小さな装置で達成しようと意気込んでいたのだが、そこまでには至らなかった。
 再挑戦ということで、 科研費基盤研究A(平成17~20年度)により、赤外線1.083μmmと1.56μmmの波長による磁場観測装置を建設し、太陽全面にわたる高精度磁場観測を実施している。


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最終更新日 : 2015年12月18日