昭和24年,観測所が出来てから相当数の遭難者に対しての捜索・救助が行われたが(別表参照),目前に事故を目撃したり,同行者や地元よりの捜索依頼を受けた場合,知らぬ顔の半兵衛を決め込むことは,人道上から非常に困難なことである。しかし,島々谷の事件(注1)にもみられることで,遭難者の救助ということが救助される側と,救助する側とでは可成りの違いがあるということであり,ましてや我々は救助を行う為の充分な体力と訓練を積んでいないことで,救助要請を受けた場合に於てこれに応えるだけの充分な力と,二重遭難を絶対に引起さないとする保障をもつものではない。人々は自然にあこがれ,ひかれて登山し,自然の摂理に反して事故に遭遇するXは仕事で登山して生活し,時として事故を知り救出した。そして今迄は幸いにもこれに加わる悲しい出来事はなかった。しかし,何時このバランスが崩れるか予知することは困難な事で,充分に留意すべきことと考える。救出に向い,若し仮に二重遭難にあった場合には,我々の立場として何う扱われるのだろうかと疑問が生じ,昭和38年頃大学事務当局と話合いをもったが,明快な結論が出ないまま今日に及んでいる,其の際の話合いに提出した大方の問題点を記すと
捜索救助の依頼側 1)信州側・飛騨側の宿,すなわち地元からのもの
2)同行者(引率者を含む)及び本人
3)地元警察,警察庁,など公共機関
依頼の為の連絡方法1)電話 2)口頭 3)無線
4)登下山時において発見又は遭遇した時に行動の要請
器材等の貸与 1)スノーボート 2)雪上車の出動 3)其の他の器材 4)医薬品
公務出張中における問題点
1)国民の公僕としての立場上
2)公務就業中の許可条件,休暇として取り扱うか,時間内の賃金カットがなされるか
3)公務就業中は認められないか
4)命令に従わないで公務員規定違反と見なされるか
5)人事院が救難活動を準公務と見なし得るか
6)公務災害補償法が適用されるか(二次災害の場合)
7)地方自治体の災害補償法の適用がなされるか否か
8)本人・同行者等一般の人からの依頼を公務上と地元警察,県が認めるか否か
地元勤務中における問題点
1)地方自治体の非常勤の救助員として申請され出動した場合は何うなるか,
及び拘束範囲は
2)地方公務員に順ずる場合,国家公務員とした場合の身分上の扱いの差について
以上問題点についての討議の結果,災害の発生した地点の存する地元県(地方自治体)の責任に於て災害補償法が適用されるが,これの認定は地元警察によって決定される。しかし,依頼した本人も全て遭難した場合,又島々谷のようなことが繰返された場合は可成り難しいところがあり,よく検討する必要がある。
若し,そうした事実に遭遇した場合は,地元警察等に速やかに連絡を行い,行動要請を受けてから行動を起すよう望まれる。呉々も公務出張中であり,救助の為に訓練を受けていないということを自覚してほしい。尚,地元県の条令を確認調査したい。
貸出を行った器材,薬品等の返却,損壊についての修理は借受人においてすべて補償さるべきもので,確認の上貸出すよう心得ること。
其の後は報道機関なども加わり,なかば出動要請を臭わせるような電話による問合せなどが何件かあったが,事なきを得ている。
○遭難事故捜索救助記録
事故発生 事故発生場所・状態 備考 年月日 昭24 12 猫の小屋~平湯峠方面捜索・生存を確認 5名 高山市よりの慰問隊n元よ りの捜索依頼 昭30 3 摩利支天本峰より不消rに滑落・ 2名 同行者の救助依頼~出の上 片足複雑骨折 鈴蘭まで下す 5 摩利支天岳鞍部・スキーによる片足複雑骨折 1名 同行者の救助依頼~出の上 位山荘まで下す 昭31 3.23 大雪渓に中日新聞取材機墜落4名墜死 救出器材の貸与 (南極訓練取材中の事故) 昭34 5 頂上剣ヶ峰・片足骨折 1名 同行者の救助依頼~出の上 位山荘まで下す 昭35 1.2 荒天により遭難寸前の登山客が救助を 11名 救助の上位山荘まで送る 求める 2.21 物質運搬人夫下山途中行方不明となり捜索 5名 肩の小屋付近で発見・救助 12.23 大雪渓で怪我(甲南大生) 1名 同行者の救助依頼・救出の上 位山荘に下す 昭36 1 頂上剣ヶ峰・捜索・1名死亡1名凍傷 2名 地元よりの捜索依頼・ 1名救出 4.2 頂上方面で行方不明捜索 1名 地元よりの捜索依頼・ 翌日位山荘下で発見 4.10 里見岳より蛇出原へ滑落 1名 同行者の救助依頼・救出 (NHK技研・6名)打撲傷 4.28 頂上方面で行方不明(夜の捜索) 1名 地元よりの捜索依頼・ 蚕玉岳で発見 自殺行を救出 昭37 1 鶴ヶ池方面で行方不明捜索(女子)生存 3名 地元よりの捜索依頼・救出 3.20 大雪渓でスリップによる打撲傷 1名 救出 4 摩利支天岳鞍部で救助を求める(女子) 1名 救出 5.5 摩利支天岳より不消ヶ池に滑落・片足骨折 1名 同行者の救助依頼・救出 11.28 摩利支天岳より大雪渓へ雪崩(早大生 )数名 同行者の救助依頼・救出 1名圧死・数名負傷 昭38 1.2~5 銀嶺荘主人一行行方不明捜索・ 5名 岐阜県警・警察庁より依頼 2名死亡・1名不明・2名生存 緊急非常無線使用 昭39 11.26 夜間救助を求めてたどり着く(岐大生) 2名 軽度の凍傷 昭41 5.1 不消ヶ池に滑落・両膝関節打撲 1名 救助 昭42 5.25 朝日岳より大雪渓上部へ滑落・ 1名 発見・救出位山荘に下す 胸骨骨折内臓破裂 地元に連絡(横浜市大生7名)
(注1)昭和54年8月,徳本峠登山道の岩魚止め小屋の前で,折からの豪雨で増水した川を徒渉しようとしている登山者を見て,危険を感じた小屋の主人がロ-プを携えて助けに出たが,逆に小屋の主人自身が濁流に呑まれて遭難をしてしまった。これにからむ補償の取り扱いについて,当時話題になったが,登山者が救助を要請したと云う確証もなく,ただ善意による救助活動の下で起った事故と判断され,災害補償法(遭難救助)の適用が出来るかどうかの判断で,中々結論が出なかった。結局山の中で他に連絡の方法も無く,緊急による人命救助による災害と言う事で補償はされたが,遭難救助に当って多くの教訓を残した。