§3 乗鞍岳の概況

 乗鞍岳は今から7千年から1万年前に出来たとされる火山で,分類上はコニーデ火山に属する。日本の屋根と呼ぶ飛騨山系(日本北アルプス・中部山岳国立公園)の南端に位置し、南北15km,東西20kmに及ぶ非常にスケールの大きな山塊である。 (地図1地図2
 この山の北に伸びる尾根は猫岳・大崩山を経て平湯峠(標高1684米)で輝山に,一方十石岳を通る北東の尾根は安房山を経て安房峠(標高1812米)で焼ヶ岳に連なり,東麓は槍・穂高岳に源をもつ梓川の渓谷に迫り,南は頂上より下って野麦峠(標高1672米)で木曾の御岳山に接し,頂上より西下する尾根は遠く高山市郊外まで張り出している。
この山を構成する主な峰(カッコ内は標高米)は,主峰剣ヶ峰一名権現岳(3026)・奥の院大日岳(3013)・薬師岳(2950)・びょうぶ岳(2950)・雪山(2891)・水分(みくまり)岳(2896)・朝日岳(2973)・蚕玉(こだま)岳(2979)・摩利支天岳(2873)・不動岳(2871)・里見岳(2824)・富士見岳(2818)・恵比須岳(2830)・魔王岳(2764)・大黒岳(2771)・大丹生岳(2701)・烏帽子岳(2665)・四x(2744)・猫岳(2680)・大崩山(2508)・十石岳(2524)・安房山(2219)などであるが,わが国の山岳標高順位からみれば第10位に列し,火山標高では富士山,御岳についで第3位である。
 山上湖のうち権現池,不消ヶ池,亀ヶ池は火口湖,五の池,大丹生池,土樋ヶ池は堰止湖そして鶴ヶ池は火口原湖である。 また熔岩原としては千町ケ原,皿石原,高天ケ原,御裳ヶ原(みすそがはら),室堂ケ原,五の池原,位ヶ原,桔梗ヶ原,土俵ヶ原,姫ケ原,蛇出原と呼ばれる原があり,火口原として畳平が加わる。深く切れ込んだ渓谷は融雪と原生林の滴を集め,東の湯川,前川,奈川は梓川に流れて信濃川に,北から西の平湯川,小八賀川は神通川に合して日本海に注ぎ,南の益田川は木曾川と合して太平洋に流れる。またこの谷筋には大小様々な滝を形成するが主なものは,岐阜県側の平湯大滝,青垂滝,魚止滝,布引滝,朝日滝,岳谷滝と長野県側の三本滝,善五郎滝そして番所大滝などで,周囲の景観と調和して渓谷美に華を添えている。
 この変化に富んだ峰々,千古の夢を湛える湖,それに夏ともなれば彩とりどりの高山植物が咲き乱れる原,加えて日本で最も美しいとされるハイマツの群落は,あたかもじゅうたんを敷きつめたようになだらかな山肌を包み,最も女性的な山として,北に連なる穂高・槍などと好対照である。乗鞍岳の呼称は後になって付けられたもので,信州側から見て朝日が一番早く当る山として朝日岳と呼んでいた(木曾義仲の頃)とか,一方飛騨側では位岳また山の形が馬の鞍に似ているところから鞍岳と呼んだとの記録があるが,いつの頃からか乗鞍岳と呼び馴されるようになったとの事である。そしてこの乗鞍岳の呼び方は頂上剣ヶ峰を指していう場合と前述の峰々を総括して呼ぶ場合があるようだが,その使い分けもまちまちである。
 この乗鞍岳は,かって山岳信仰の霊山として多くの巡礼者を迎えた聖地であったが,第二次大戦を境としてその姿を見掛けることも稀なこととなった。 しかしこの山に通じる登山路は南の野麦,阿多野郷よりの石仏道,西の大尾根,千町,皿石原を登るもの,旗鉾,平金より谷間をつめる五の池道,平湯峠より尾根をつたって大丹生岳に出る大崩道,平湯大滝より谷あいをつめて大丹生岳に出る大滝道,白骨より十石尾根を経て大丹生岳に登る十石道,そして山小屋の完備した白骨,番所からの信州道が代表的なものであった。
 これらの登山道は地元ならびに登山者によって「みちしるべ」となる木,石の案内がしっかりしていたが,自動車道路が施されてからは利用する人も稀となり一部を除いては荒廃した。
 この山の気候は,所在する位置から裏日本と表日本型の気候の接点とみられるが,3千米級の山岳気候が支配的である。その年によって多少の違いはあるが,氷の張らない期間は7月下旬から8月下旬までの約1ヶ月間で,降雪は9月中旬に始まり翌年の6月下旬に終る,気温は5月中旬頃から9月中旬までの期間を除けば氷点下の日が多く,盛夏でも最高気温が20度を越えることがない。寒暖日数について見ると,冬日(最低気温が0度未満の日)は年の65.5%で約8ヶ月に相当し,真冬日(最高気温が0度未満の日)は年の43.3%で約5ヶ月に相当する。天気日数について見ると,晴天の日が年の25%,雨雪が31%,曇天,霧日数は43.7%の割合である。従つて下界の感覚でいう四季のうち,春夏秋はこの山では約2ヶ月間と非常に短い。
 乗鞍岳をめぐる道路の主体は,松本から梓川の渓谷に沿って遡行し,安房・平湯の2つの峠で北アルプスを横断して高山,福井に繋がる国道158号線である。この道路の途中平湯峠から鶴ヶ池までは岐阜県道乗鞍スカイライン(有料)が,一方長野県道は安曇ダムのほとり前川渡から番所・乗鞍高原を経て鶴ヶ池に到達している。
 行政上から見た乗鞍岳は,南北に連なる峰々を繋いで縦断し,東側が長野県,西側が岐阜県に区画され,長野県側は安曇村,岐阜県側は朝日,丹生川,上宝の3村が接している。乗鞍コロナ観測所は摩利支天岳頂上にあって両県の県境に跨がって建っている。