§1 序文
コロナ観測所が乗鞍山頂摩利支天岳に呱々の声をあげたのは昭和24年のことである。
当時は,衣食住すべてにわたって貧窮な状態であった。このような時代に,都会から離れた「陸の孤島」に科学の殿堂を建てることができるとは誰しも思っていなかった。しかし野附誠夫先生の強靭な精神と,東京天文台をはじめとする関係諸機関の協力と,更に国民の多くの人々の支援により観測所が完成したものである。完成初期には,多数の人々からの激励文や慰問品がとどけられていることをみても,そのことがうかがえるであろう。
乗鞍コロナ観測所は,東京天文台として最初の構外施設であり,その成功は,その他の構外施設を次々とたちあげる原動力となり,今日の東京天文台の発展の礎ともなった。
観測所における円滑な運営は,実に多くの人々や周囲の社会との協力と理解とを基盤として成就されるが,このことは当観測所の歩みの中に投影されている。先人のなみなみならぬ努力の賜で,今日見るような研究環境が得られたものであり,私たちは過去の歩んできた足跡を照らしつつ,観測所の成長を考えていかなければならないであろう。まさに温故知新の気持でこの本をひもとき,観測所の未来へのひとつの足がかりとして役立つことを切に念願するものである。
東京大学東京天文台は,昭和63年7月1日より,大学共同利用機関に移行し,文部省所轄の国立天文台に改組した。設立以来,東京大学の教官・事務官には多大の御尽力を給わり,ここに厚く御礼を申し述べますとともに,今後ともご高教を賜りたいと存じ上げます。また,乗鞍コロナ観測所のコロナグラフは,従来からも国内外の研究者に使用されていたが,これからはより積極的に利用され,立派な研究成果の上がることを念じている。当観測所の誕生・発展をまのあたりに見,且その成長に心身を投じられてこられた森下仙人には,停年退官にあたり観測所の歴史を書き留めておくという大変労苦の多い仕事をお引き受け戴き,感謝に耐えません。
また,この編纂に協力を惜しまれなかった深津正英氏をはじめコロナ観測所・太陽物理系の各位に,あらためて深く感謝の意を表します。
平成2年2月1日
国立天文台 乗鞍コロナ観測所長
教 授 日江井栄二郎