Hαフレアパトロール望遠鏡

 三鷹におけるHαフレアの観測は、1948年から1965年の間はスペクトロヘリオスコープ(日本光学製)による眼視観測、1957年から1992年の間はHα単色太陽写真儀(フランス、セカシ社製)の写真観測により行われました。1992年からはビデオカメラとパーソナルコンピュータ・画像処理ボードにより、自動化されたシステムとなりました。Hα単色太陽写真儀と観測室は、1999年春に取り壊しとなっています。

 自動フレアパトロールの光学系はD = 40 mm, f = 600 mmの対物レンズと、ドイツHalle社製リオ・フィルター、XC-77 CCDカメラ (768x493画素) からなる直焦点チューブレス構造です。太陽全面のデジタルHα画像を1分間隔で取得し、フレア爆発を検出すると自動的にその領域の部分画像を約1秒間隔で記録するようになっています。この観測装置は最初は単色太陽写真儀の背中に載せられていましたが、その後太陽フレア望遠鏡の西隣の輝度望遠鏡の上に移され、さらに新黒点望遠鏡に移設同架されて2003年までデータを取得していました。2008年には、結像系をD = 50mm, f = 700 mmアクロマート対物レンズ(有効径45 mm) と0.6xフォーカルレデューサーの組み合わせに、カメラをTAKEX FC800カメラ(1077x788画素、1pixel 6.25x6.25μ、10bit A/D)に交換し、撮像も10秒間隔として2019年まで観測を続けました。

解説記事
清水一郎:「東京天文台に新設のリオー型太陽単光写真儀」、天文月報1958年1月号、p.17
田中伸幸:「フレア・パトロールの完全自動化に向けて動き始めたモノクロの新システム」、国立天文台ニュースNo.26、p.4(1992年9月)

論文リスト